小さい秋見つけた

8月31日、それはなんだか切ない夏の終わり

特別な日、何年か前までは

宿題に追われ、追った日

 

夏休みが終わる

それは小学生のわたしにとって残酷な宣言だった

夏休みの友はランドセルからも出してもらえずに、ただただ夏の終わりを待っていた

 

工作をやってないなんてことはなかったけれど

何かしらやってないので、宿題リストを探し回る夏の終わり

9月1日に出す親に書いてもらう書類は永遠に見つからない

泣きながら小学校に取りに行ったあの日

 

あれから何年経ったか

今のわたしは夏休みの宿題に追われることなく

ただ夏の終わりに身をまかせるだけである

 

そう、この三日間くらいで一気に秋気が夜を包んだ

汗ばむ夜風は何処へやら

知らぬ間に風は秋の色を持ち始め

蝉がミンミン鳴いていたあの林からは

今度は鈴虫がリンリン鳴き出した

 

忙しい毎日に

今年は特に心も忙しく

立ち止まる余裕すらなかったこの数ヶ月

 

季節は過ぎ去り

夏が秋へと変わる瞬間

 

エアコンを消して窓を開けた時

秋がなだれ込むようにして部屋を覆う

 

秋は一番好きな季節

紅葉が色をつける時

長袖のセーターを引っ張り出す時

小春日和に冬の寒さを感じる時

秋はもうすぐそこに

 

人肌恋しくなるのは

冬よりも秋のような気がする

どこか寂しげで儚い

 

そんな淋しい季節に生まれたわたしは

この淋しさを背負って生きている

 

と言っても淋しさってマイナスな部分だけじゃないと思うの

淋しいって思えることって素敵じゃない?

淋しいっていうのは心が満たされていない状態

心に空白がある状態

これから素敵な何かで埋まる状態

淋しいってプラスに捉えても良いんじゃないかな

だから淋しいって感情がとても好き

とても好きだからそれが似合う秋が好き

 

にしても今年は

一瞬で秋になったわね

虫の音の奏でる音楽がもう聞こえて来るなんて

 

小さい秋を見つけて

夏の過ぎるのにちょっとだけ切なさ感じて

それでもやって来る秋を盛大に迎えようと

いそいそと準備を始める今日この頃です

役所からの手紙

役所から届いた通知とにらめっこしている

期限は8月21日(金)としっかり示されている

今日の日付は何度確認しても8月25日だった

それはどうしたって変えることはできないし

タイムマシンにすがりたいが文明はそこまで発達していない

私はこれを受け入れて明日の朝一番に役所に電話するのだ

 

思えば小学生の頃からそんなだった

学校で一番優しいと言われた北山先生に呼び出されて

「宮崎さんと石井くんは忘れ物が多すぎます!」と怒られた

それからも私は忘れ物を繰り返した

理科の教科書、分度器、コンパス……etc

 

連絡帳は書いているつもりだった

書いているだけで家では全く見向きもされない連絡帳は

ランドセルの中で毎日眠っているだけだった

 

「前の日に準備して寝ればいいんだよ」とある先生が言ったが

それが出来たらこんな苦労はしない

「手紙はちゃんとお母さんに渡すんだよ」と言われても

それが出来たらこんな苦労はしないのだ

そんなに大事なものならば直接住所に送ってくれればいいのだ

わざわざ年端もいかない子供に持たせるのが悪い

 

忘れもしない小学四年生

算数の授業で「教科書を忘れた人は1時間立っていなさい」と先生が言った

私は忘れたけれど、一番前の席で堂々と隣の人に見せてもらっていた

それを後ろの男の子が見つけて「なんで立たないん?」と言ったので

私は授業後半で恥ずかしくも立つことになってしまった

今から考えたら授業中に立たせるなんて信じられない

お母さんに言ってやればよかった、そしたらPTAで取り上げられ先生は消えたかもしれない

が私が悪いのでこれはただの逆ギレだ

 

こんな恥ずかしい思いをしても

私のこういう癖は治らなかったので

中学生になる頃からは、学校から配られた書類は全て捨てなかった

家にも持って帰らなかった

そうすればいざとなった時に、その場で書いて出せるから

 

そうして中高を過ごしてきたのだ

忘れ物は年を連れるごとに減って、今ではほとんどしない

が、期限は守れない

 

そう、この役所から届いた書類がそうだった

何度見ても期限は8月21日(金)で

今日は8月25日だ

 

高校の検便の日を思い出す

友人がそれを忘れていた

皆が検便を片手にしているのをみると驚いて

「ちょっと出してくるわ」とトイレに駆け込んで行った

彼女は十分ほどトイレにこもり見事この難関を突破したのだった

検便ならばキットさえ手にあればこっちのもんだ

しかし彼女の勇気と行動力は今の私に勇気をもたらしてくれている

 

「期限までに提出する事」

大人になる上で絶対に欠かせない条件なのだ

今までの教育の中で何度も何度もそう教わってきたではないか

 

なのに

 

役所の手紙とにらめっこして

明日の電話をどう切り出そうか頭を抱えている自分がいる

 

ああ、本当に恥ずかしい

北山先生に呼び出された時

分度器を忘れた時

コンパスを忘れた時

算数の授業で立たされた時

それと同じ心境で今もいる

 

ああ、悔やんでも悔やみきれない

今後はしっかり書類を読もう

期限をメモしよう

もうこんな思いはしたくない

 

心に誓って

ちょっと寄り道

本屋さんに検索機がないと絶望的な気分になる

 

こんなに多くの紙の塊から

たった一冊の読みたい本を探さなければいけない

そう考えただけで倒れそうだ

 

あの検索機はいわば宝の地図だ

私の求めている宝がどこにあるのかを示してくれる

 

なのであれがないと困ったことになる

 

まずジャンルがわからない

多分エッセイなのだろうが

もしかしたら小説かもしれない

多分女性作家なのだろうが

もしかしたら男性かもしれない

多分単行本なのだろうが

もしかしたら文庫かもしれない

 

どこから手をつければ良いのだろう

ちょっと読めれば良いのだ

なぜこんな広い本屋で迷わなければならないのだ

 

そう思ってエッセイのところに行ったら

ちゃんと置いてあった

そういう時はひとしお嬉しい

あの機械を使わなくても自分で見つけられたじゃん

と舞い上がって本を取る手は妙に艶かしくなる

 

しかし機械がなくてもいい日もある

それは古本屋さんにふっと立ち寄った時など

何も目的もなく本屋さんに入ったときは逆にあの検索機は邪魔になる

 

目的がないならばないなりに本棚を練り歩くのだ

そうするとパッと目に入ってくる一冊と巡り会える

ちょっと立ち読みして良かったら買うのだ

そうして出会った本の方が意外と長い付き合いになったりする

 

私は知っている作家しか読まない癖がある

面白いと言われるもの、自分が面白いと思うものしか読まない

本の裏のあらすじを見て、この本を読んで失われる時間と得る感動を秤にかけるのだ

 

そうやって多くの出会いを無下にしてきたので

今は直感で手にとってそれを読むことにしている

裏のあらすじは読まないし

作者縛りもしない

 

ただなんとなくその佇まいをみて

手にとって読む

直感を信じて

意外な出会いがそこにはあるから

やめられない

 

人生にも検索機が欲しい時もある

夢を検索してそれまでの道を示して欲しい

無駄だと思うものは排除して

できるだけ近道を通りたい

 

でもそれだけでは面白さがない

途中でちょっと寄り道して

気軽に始めてみたことが意外にも面白かったりする

だから無駄だと思って手を出さないのは勿体無いのだ

 

もちろん

やってみたら面白くなかったという方が多いかもしれない

けれど面白いものに出会えた時の喜びは人生の中でも最上級の歓喜だ

だから検索機で道を示すのも大事だけれど

たまにフラフラと自分の思うままに足を向けてみるのも

人生を豊かにするには大事なことなのかもしれない

夢について語ろう

人生には心震える出会いが何度も訪れる

特にこの道を選んでからというもの、運命的な出会いが私を夢に気づかせ導いてくれている

 

作詞家になりたいと言ったのは大学三年生の時だった

皆が就職を考えている時、ある男の子が「僕は写真家になるんだ」と言って

私も「なれるなら作詞家になりたい」と言った

彼は「なれるさ、やってみなよ」と言ったが私は何をしていいかわからずそのままにしていた

自分でもびっくりした

そんなこと思ってたんだと口にしてから思ったのだった

 

高校三年生の時、居酒屋のカラオケで親友が『ジュピター』を歌った

号泣したのを覚えている

その歌詞に胸が打たれて、涙が溢れてこぼれ落ちた

「私を呼んだならどこへでもゆくわ

あなたのその涙私のものに」

歌詞が親友の口から私の心に届いてそれがじわじわ広がっていったのだった

 

本日の24時間テレビでさだまさしが『主人公』を歌った

「あなたの眩しい笑顔と友達の笑い声に抱かれて

私はいつでも必ずきらめいていた」

そう、まさに去年までの私はそうだった

友人に囲まれて確かにきらめいていた、今から思えばそう見える

また涙が溢れた

 

サライの歌詞に

「動き始めた朝の街角」という一節がある

それだけであの日の朝を思い出せる

あの三月の朝、友人の家を出て慶應大学の銀杏並木を通りながら

この瞬間をかみしめた朝

この間の酔っ払って歩いた朝方の街並み

 

夜になって図書館で借りた吉元由美の本を読んでいた

元々は吉本ばななだと思って借りた本が

帰ってきたら吉元由美という人の本で

間違いから始まった出会いだった

 

そして彼女が作詞家だということを知った

そして私が初めて泣いた『ジュピター』を手がけた人だということも

 

その時に思い出した

大学三年生の時に口に出した小さな夢を

呟くように濁ったように恥ずかしそうに出した夢

そんなのになれるわけないと思っていた夢

 

阿木燿子に出会ったのも偶然だった

ただ『しなやかに歌って』の作詞家が誰だか知りたかった

そしてエッセイも作品も漁るように読み尽くした

心から大好きだと思った

こういう人になりたいんだなあと思った

 

そして図書館ではいつも昭和歌謡曲特集の歌詞ページだけを借りて読んでいた

昭和元年から昭和の終わりまで選りすぐりの一冊

時代の流れが大きく歌詞に反映されていた

 

いつだって歌詞が大事だった

心に刺さる一行を探していた

 

それに気がついたのが本日、

吉元由美の『「泣きたい日」の頑張りかた』という本の冒頭を読んだ時だった

 

まだ私の中には「そんなのになれるわけがない」というネガティブさくらちゃんがいる

でも、心震える一節に出会った時、希望が胸いっぱいに広がって涙が溢れるのだ

「私もこんな歌詞を書きたい、誰かがそれを読んで泣いてくれたり笑ってくれたりするような一行を自分で生み出したい」と強く思った

 

何から始めればいいのかわからない

歌詞なんて書いたこともないし、語彙力もある方ではない

それでも希望だけは胸に広がって、今なら空も飛べそうだ

 

そしてあの日の歌声が聴こえてくる

「望むように生きて輝く未来を

いつまでも歌うわ あなたのために」

夏がゆく

今年は夏が短い

 

それは梅雨の時期が一週間伸びたからなのか

それとも学生ではなくなったからなのか

(いや学生の方がこの夏は短かっただろう)

 

この頃は日曜日は母と図書館に行って

そのあとコンビニでスイーツを買って帰るのが日課である

 

家の中にいたってし仕様がない

晩夏光の差す窓辺がゆく夏の寂しさを残すだけで

あとはいたってすることもなく

欲しいものもなく

ただただのんびり寝たり起きたり本を読んだりしてみるだけ

 

そう言えば

蝉の声も遠くなった

あんなに林の陰からムンムンと鳴いていたのに

その数は格段に減りつつある

 

出遅れた蝉たちが

最後の力を絞って交尾の相手を見つけている

そんな声が聞こえてくる

 

夏が終わるんだなあと思った

今年は盆に実家に帰省しなかった

 

実家にいる頃

お盆が来るのが嫌で嫌で仕方がなかった

 

米と線香を持つか提灯を持つか

その役割は弟と私が担っていた

こんなに暑いのに

そして虫が飛び交う中

あたり一面畑に囲まれて

お寺まで歩いてゆく

 

途中で裏の清水さんに出会い

「あらあら家族揃って」などと大人はお互いに口にし

子供達は毎日登校班で会っているのにこんな時は

恥ずかしそうに家族の陰に隠れるばかりである

 

提灯の火が消えたら

急いでマッチを擦る

ご先祖様がそんなことで道に迷うわけないと思うのだが

提灯の火には一番注意して歩く

それが提灯係の使命なのだ

 

思えばうちの庭から畑を挟んでお寺は見えた

庭で提灯の火をつければ

ご先祖様はそれを見つけてわざわざ迎えにゆかなくても

向こうから飛んでこれたであろうし

こんなに近いのならば年に一度ではなく

何度も来ているはずだ

 

それでも私たちは涼しいエアコンの効いた部屋で休んでいると

階下から「ちょっと、ご先祖様を迎えに行くよ」と言われ

虫除けスプレーを片手に出てゆくのだ

 

無邪気だった頃は提灯の火が消えたら

ご先祖様がどこかへ行かぬように

「ここですよ、今火を灯しますから」などと言っていた

無邪気だった頃は何も考えずにただお寺を目指して歩いていた

 

お年頃になると

そんなことをやるのが恥ずかしくって

(必ず近所の人に会い、「まあまあこんなに大きくなって」などと言われるのだ)

迎えに行くのが億劫になった

 

階下から「ちょっと、ご先祖様を迎えに行くよ」と言われても

「嫌だね、私は今海外ドラマを見てるんだ、邪魔しないでおくれよ」と言ったら

こっぴどく怒られた

私にとっては、青春の友人は海外ドラマで私なりに苦労し悩みを抱えそれを癒してくれるのが海外ドラマを見る時間であるのに、それを知らないでなんてことを言うんだろうと思った

私が生きる希望と亡くなった人を迎えにゆくのとどっちが大切なのだろうと思った

泣いて泣いて泣いて迎えに行った

 

「家族で」と言っても行かされるのは

私と弟と父だった

「ちょっと、ご先祖様を迎えに行くよ」という祖母と祖父は家で待機だったのだ

それも理不尽でならなかった

 

でもお盆の三日間

いないとはわかっていてもなぜか家の中でそわそわする

ピアノを弾いていて突然

「ご先祖様が家にいるんだ」などと急に思い出し恥ずかしくなって部屋にこもる

 

迎えに行ったのならば

送りにゆかなければならない

それも私たちの使命なのだ

 

また畑の間をぬってお寺へ向かう

お寺の前のお地蔵様にもちゃんとお線香とお米をあげて

きちんとご先祖様を返してやっとお盆が終わるのだ

 

お盆が嫌いになったのは

夏なのにわざわざお寺に先祖を迎えにゆくからではない

お盆とは亡くなった人を思い出すためにあるのではないのか

なのに私の家ではお盆の飾りをして迎え入れるだけ入れて

三日経ったら返す業務的な雰囲気がしていた

 

会ったこともないご先祖様だが

それでも今私がここに生きているのはその方々がいてくれたおかげなのだ

お盆にはその人たちの話をし、どういう人だったのか

どんな人生を歩んで来たのか、どういう思い出があるのか語るのではないか

そのためにお盆はあるような気がする

 

私の家では業務的に迎えに行き返すだけで

ひいお婆ちゃんやひいお爺さん、その上のひいひいお婆ちゃんやひいひいおじいちゃんの話をされたことはない

お盆中の三日間もただいつも通り生活するだけなのだ

 

迎えに行くならば

その人のこともちゃんと知りたいのに

何も知らずに生きて来た

その業務感が一番嫌いだったのだ

 

小さい田舎の世間体を気にして

「うちは子供たちもお迎えに行っているのですよ」と見せつけるために

私たちは駆り出され、提灯の火を気にして蚊に刺されていたのだ

 

高校二年生に泣きながら最後に行ったきり行っていない

うまく避ける術を身につけた

 

去年は送り盆の日を知っていながら

わざわざその次の日に実家に帰省し

「あれ、今日が送り盆だと思ったよ~」などと口にした

 

そんなことでいいのかなどとも思うが

こればかりはまだ私が受け入れていない

そんな単純な人間には育たなかった

 

そもそも私は自分の生まれ育った故郷が嫌いだ

大嫌いなのだ

それを詩にしたらイタリア映画の先生が「リメンバー・ミー」を見てごらんと言ったが

まだ見ていない

 

大嫌いで本当に足一本でも踏み入れたくない

陰気で小さくて狭くて何もなくて

そんな故郷を愛せない

よく昔の同級生がツイッターやインスタグラムで「〇〇町」と故郷の名をプロフィール欄に載せているがどんな気持ちで載せているのか疑問しかない

なんのブランド能力もない

ただの田舎臭さだけがそれから伝わってくるのに

郷土愛なのかなんなのか私には思いつかないが

何もかもが嫌なのだ

 

でも、なんとなくわかっているのだ

自分が死ぬ時に思い出すのは

故郷の山の向こうに沈む夕日や金色になびく麦畑

ザリガニを捕まえた小川や犬を散歩したあぜ道

友人と遊んだ第三公園

そしてお盆の度に通った畑の道やお寺の門構え

傾くお地蔵さんにあげた線香の匂い

家の庭、紅葉、松の木

私が生まれた時に植えたしだれ桜

入った途端にキンッと冷たい玄関や二階までの曲がりゆく階段

家族で過ごしたコタツに壁の落書き

父の書物で埋め尽くされた寝室

そこに聞こえるカエルの鳴き声、蝉の声

 

死ぬまでは愛せない

そんな気がする

 

でも私はその町で生まれ18まで生きていた

それだけは変えられない

変えたくない

 

死ぬ時に思い出せればいいのだ

故郷ってそんなところなのではないか

嫌味がない人になりたくて

「さくらちゃんって、嫌味がないよね」

と友人が言った

 

それは意外な発言であり

今まで生きてきた中で一番嬉しい褒め言葉だった

 

時に私のことを「優しい」と褒める人がいる

その時私は頭の中で首を振り、ただ微笑むだけ

優しいのではなく、言わないだけなのだ

 

自分の発する言葉が相手を大いに傷つけることを知っている

元々言葉が強いのだ

小さい頃からそうだった

気が強い小学生だった

自分が一番で、誰もが私に従うべきだと思っていた

私の発する言葉は私の知らないうちに誰かの心をズタズタにした

友人にも家族にも、誰に対してもそうだった

 

中学一年生の時にそれが原因でいじめられた

その時に、自分がいかに人を傷つけていたのかがわかった

いじめられて当然だと思った

あの時はとても辛い毎日だったけれど

私の人生にはなくてはならない日々だった

 

傷つけられるのがこんなにも辛いのならば

言わない方がいい

だからいつも黙っている

それが転じて「優しい」になっているだけなのだ

 

しかし、私は断じて優しくなんかない

いつも喉元まで言葉はでかかっているが

これを言えば目の前の人が傷つくのが想像できるので言わないだけなのだ

だから「優しい女の子」なんてなめないでおくれやす

 

「嫌味がない」というのは、私にとって嬉しい言葉だった

もはやそれを目指して性格を変えてきたと言ってもいいくらいに

ぴったりと私に収まった

 

正直すぎるというのとも違う

正直すぎたりズバズバ言ったり

「私ってサバサバしているのよね~」という人は

相手のことを何も考えていないだけである

 

中学三年生の頃

どうやってクラスの女子に溶け込もうか悩んでいた

私は可愛いので、ちょっとでも目立つと

「なんなんあいつ、いけ好かない女だ」となりやすい

 

女子というのは、女子に対しての感度が高い

同じ土俵に立てばすぐさまいじめの標的になる

そうならないためにはおとなしくするか

土俵から外れるかしかない

 

「さくらちゃんって可愛いよね」に対する答えが

「ええ、そんなことないよ~○○ちゃんの方が可愛いよ~」ではダメなのだ

「けっ、そんなこと思ってもないくせに」と思われて仲間外れにされる

実際に思っていないので下手に嘘はつかない方がいい

 

ならば「さくらちゃんって可愛いよね」に

「うん知ってる、可愛いもん、学校のアイドルだもん」と返そうと思った

 

思った以上に効果を上げて

私は誰からも標的にされなくなった

「あいつはそういう奴なんだ」ということになり

女子女子しい土俵から外れたのだった

 

それからも私はずっと女子社会に生きてきた

だから女子に好かれる方法しか知らない

 

女子に好かれるには”嫌味”をなくすことが一番である

男子よりも”嫌味”に対する感度が数百倍高い

それをくぐり抜けてきたのだから嫌味がなくて当然と言えば当然である

 

嫌味というのは抽象的な表現だが

嫌味っぽい人というのは誰が想像しても同じような人である

 

嫌味っぽい人に嫌味で返すとどうなるのだろう

多分嫌味を言っている人は自分が嫌味を言っていることに気がついている

相手を傷つけようとしてわざと発するのだ

そうとしか思えない

しかしそういう人に限って嫌味で返したらショボンとしぼんでしまうので

まことに面倒な人たちなのだ

 

なぜそんな思考になるのか理解できないが

まあ生きていてそんなに出会う人種ではない

 

それでもたまに

「あれ?この人こんな人だったっけ?」という一場面がある

普段全く嫌味がないのに不意にそんなようなことを言うのだ

 

ほほぅ

今日はそんな気分なのね

と思いつつ、ちょっと残念

 

もしかしたら私もそんな日もあるのかもしれないけれど

 

嫌味がないぶん、私はちょっと浅い

深さが足りない、ミステリアスな部分がないのだ

 

だから女子には超人気だけれど

男子にはモテない

すぐ女友達の候補に入る

 

だから少しは嫌味があった方が人間味があっていいのかもしれない

(という嫌味である)

 

けれどいいのだ

私のことを「嫌味のないいい人だ」と思ってくれる人がいる

それだけでとても救われた

 

女子社会で生き抜いてきた術を

ちょっとだけ後悔したこともあった

でもその言葉だけで全てが報われてそれで良かったのだと思えるようになった

 

これからも嫌味っぽい人にならないように気をつけよう

特に女子は一言でもそれに反応する感度が高いから

本当に本当になんでだろうなんなんだろうかあれは

というくらい嫌味に対して敏感であるから

注意しなければならない

 

もう本当にこんなことばっかり考えて

人間関係が悩みの大部分を占める理由がよくわかる

いけ好かない奴とどう接していこうかなんて

そんなことばかりである

 

私はちょっと悪いけど

ここら辺でお暇させていただきます

 

あいつらのことを考えると

少しばかり口が悪くなるもんで

正直な男と女

彼に抱きしめられると

ああここが私の居場所なんだと

その温もりに安堵する

 

夜目が覚めるたび

彼に抱きついてまた眠りにつく

 

そうして次の日の朝は時間など気にせずに

狭い部屋の中でグダグダと

午前中の至福のときを過ごす

 

吉元由美の『魂の音符』には私が恐れていること全てが描かれていた

昨日までの安息は、一つの過ちによって永遠に消え去ってしまう

 

嘘のつけない者同士

信頼の上で成り立っていたからこそ

愛し合っていた二人

 

いつまでも彼といるのだと

運命だとまでは言わないけれど

ほぼ確実に信じていた

 

一つの過ちが正直すぎる二人を別つまで

 

男が昔の女と寝た

そのことをアリサは“彼はそんなことするはずがない”と思っていたからこそ冗談半分で質問し

それによって知ることになる

男は嘘をつかず、聞かれた通り正直に答えた

アリサは「それならば嘘をついて欲しかった」と嘆く

男も嘘をつけなかったことを後悔する

何度謝ってもアリサの心は決まっていた

「愛しているからこそ、それを知ったからには一緒にいられない」

 

”だってこんなに好きなんだもの。彼を見ているだけでも、私の胸は張り裂けそうになる。だけど彼と一緒にいて安らげる気持ちと、どうしようもなく悲しくなる気持ちと、そのバランスが崩れてしまったのだ。だからもうふたりではいられないと思う。”(「魂の音符」吉元由美『嘘なら優しく』)

 

正直すぎる女と男は一つの過ちを受け入れられない

それはちょうど私たちも同じだと思った

 

私はもし彼ではない誰かと一晩を共にしたら

きっと嘘をつけずに正直に話すだろう

 

お酒が回って、一瞬目の前の男性に体を委ねそうになる

しかし自分が嘘をつけない性格だということを知っているから

この一線を越えたら彼とは終わるとはっきりわかる

そして一瞬でもその思考になったことを責め立てる

 

逆も然り

もし彼が他の女と寝、それを私が知ったのならば

私はアリサと同じように彼を愛しているからこそ

それを許せないだろう

 

正直すぎる男女は

過ちさえ犯さなければ

昨日までのように一緒に寝て映画を見て

午前中ののんびりした時間を

永遠に過ごすことができる

 

しかし一つの過ちで

何もかも崩れ去ってゆくのだ

 

本の中の悲しいほどに切ない

愛し合っている二人の別れが

私たちと重なる

 

そうならないためには

彼に甘えてはいけない

当たり前のことだけれど

愛する人を傷つけてはいけないのだ

 

私の周りには

平気で彼女を欺いている男が何人かいる

到底理解できないその思考に悩ませられながら

彼らから距離をとってゆく

彼女たちは知っているのかしら

 

自分には関係のないことだけれど

彼女の気持ちを考えたら

吐きたいほど苦しい

私には関係ないことだけれど

 

しかし自分が当事者になることだって大いにあり得るのだ

特に私のように恋多き女と自分の悪いところを自覚しているやつは

心に刻んでおかなければならない

 

何度その誘惑に耐えてきただろう

酒でかき回された頭でその誘惑に負けそうになりながら、一方とても冷たい目で眺めている私がいた

その度に「あんな男のために彼を失わなくてよかった」と

その冷たい自分に感謝する

 

彼はそんな私を信頼して愛してくれている

私も彼はそんなことをする人ではないと信頼して愛している

 

だからこの信頼が崩れ去った途端

アリス達のように一瞬にして

愛し合う二人は別れる運命になる

 

浮気を受け入れられないその気持ちも

彼女なら許してくれると甘えてしまったその気持ちも

どちらもよくわかる

 

付き合いが長くなれば長くなるほど

愛する人が当たり前の存在になってゆく

そんな時、私たちは別れる時のことなど考えない

 

「魂の音符」は私たちの別れを擬似体験させてくれた

あの切なさと途方も無い悲しみ

安定しているようで不安定なこの関係を

現実でそうなる前に知らせてくれたのだ

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とても際どいエッセイだなあ

こんなに正直に自分の気持ち書くと

引かれそうだ

それでもこんな先鋭なエッセイも

書いてみたくなる

夜が滲んで

本を閉じたその後に

イタリア旅行記 下

ベローナは着いた途端に好きだと思った

ロミオとジュリエットの街

 

着飾ってなく洗練された街並み

お昼に買ったのはサンドウィッチ

「This! This Please!」

外に座って小さなコロッセオを前に食べた

彼はベローナで時計を買った

ショウウィンドウで一目惚れをした青に輝く時計を

何分も眺めて意を決して店に入っていった

彼は自慢げに今日もその時計をしている

 

ヴェネチアでゴンドラに乗った

狭い用水路

上を見上げると5歳くらいの女の子が見下ろしていた

手を振ると恥ずかしそうに

手を振り返してくれた

 

それからゴンドラは橋を通りかかった

橋の上にいる見ず知らずの外国人が

私たちに手を振る

私たちも大きく手を振って写真を撮った

アマルフィ海岸に行くために

崖っぷちをバスは2時間ほど走った

右手に広がる海が太陽に照らされてキラキラと輝いた

遠くにヴェスヴィオ山

涙が流れてゆくのがとても愛おしかった

ローマ郊外のホテルには電車とバスを乗り継いで行く

ホテルに向かう夜のバスから見る風景は

なんら日本と変わらないように見えた

しかしそれらは日本とは全く違う色を見せて

ガタガタとホテルに向かってゆく

何番のバスに乗ればいいのかわからずに

来た道と違う住宅街へ入ったバスに

心配そうに彼と乗っていた

「あれ、これホテルまで帰れるん?」

 

最後の日の朝

朝焼けが世界の始まりを教えてくれていた

ああ、世界ってこんなにも広いんだ

こんなにも美しいんだ

 

彼はベッドで寝ていた

白い肌着にパンツで横たわっていた

こんなにも美しい世界が広がっているのに

「わ~わ~もっと寝てたい~」と駄々をこねていた

私はどちらも写真に収めて

イタリア最後の日を心に収めた

 

これが朝焼けの写真

ああ、なんて美しいんだろう

ホテルのバルコニーから

私だけではない

隣の人も上の人も見ていた

 

話し声が聞こえてくる

なんて美しいんだ

朝はどこにでもやってくる

 

世界中どこにでも必ず朝日は登って

その時どこかで夕日が落ちる

どちらも好きだ

 

強いていうならば朝日の方が希望に満ちていて好みである

しかし日本人の私は夕陽の儚さにも心が動く

 

どっちにも決められない

しかし何があっても必ず朝日は昇るということだけは

その時、肌で知った

 

こんな美しい世界に生きているなんて最高じゃないか!

イタリア旅行記 上

彼がイタリアへ行こうと言った

なぜ彼がイタリアを選んだのかはよくわからない

 

私はただついてゆくようにイタリアへ飛んだ

 

ツアーというのは不思議なもので

昨日まで一切人生が交わることのなかった人たちと

二週間ほど人生の余暇を過ごす

そして二週間経てば「また何処かで」などと言い

それぞれもう会うことのない人生に戻ってゆくのだ

 

あの時親しげに話しかけてくれたマダムは元気にしているだろうか

定年を迎えた老夫婦はいつも優しかった

新婚旅行だと言っていた若いカップルは微笑ましいほどお似合いだった

同い年くらいの男の子とはワイ談で盛り上がり

息子と一緒にイタリアへ来たという女性は控えめだけれど楽しそうにしていた

 

初めての海外旅行だった

海外旅行に行けることが嬉しくて

ただただ夢見心地な日々を過ごした

 

イタリアを選んだのは正解だった

 

そういえば私の友人は声楽家が多い

「イタリアへ行くんだ」と言ったら

「なぜ君が行くんだ!」というようなことを言っていた

確かに、イタリア歌曲をこよなく愛し毎日歌っている彼らより先に

イタリアへゆくことにちょっとだけ罪悪感があった

 

がそんなことは関係ない

私はイタリアへゆくのだ

誰がなんと言おうと

いざイタリアへゆかん!

 

めまぐるしいスケジュールの中で

私はいろいろなものを見た

イタリアは世界遺産の宝庫だ

テレビの中がそっくりそのまま目の前に現れて

肌で触れて空気を吸って

私はイタリアにいた

どこを向いても外国人だらけで

観光客だらけで

世界遺産だらけで

全てが美しかった

芸術の発祥はいつだってイタリアだった

音楽も絵画も

ドイツやフランスに主導権を取られても

イタリアの芸術の街は誇らしげだった

 

一日の重みが日本にいる時とは全く違った

イタリアへ行ってから二年が経つ今日も

目を閉じれば昨日のように思い出せる

 

それらは世界遺産の壮大さよりも

もっと小さくて日常的で個人的なものばかりである

 

いつだって思い出すのは

そういった小さな感動だった

続く

イタリア旅行記 下

ハタチの誕生日 甘い誘惑

ハタチの誕生日に彼が沖縄に連れて行ってくれた

 

付き合って半年頃だったと思うが、もう気の知れた仲になっており、都内で一泊して沖縄で二泊三日そして都内に帰ってきてもう一泊の四泊五日はそんなに苦ではなかったが、さすがに最後、都内に帰ってきた時には疲れがどっと出てちょっとばかり不機嫌になってしまっていた

 

まあ、そんなことはさておき私の彼はとても優しいので

旅先での車や宿の手配、二泊三日の旅行プランを念入りに調べ上げ、当日を迎えたわけであった

 

一方、(今でもそうだが)言われるがままで何も知らずについていくだけの私は、彼の運転を危ないなどと本気で怒ってみたり、トイレに行きたいのに渋滞にはまって「漏れてしまう」と焦らせてみたり、何もしないだけではなくいつも迷惑ばかりかけていた

 

そんな沖縄旅行だったが、私は高校時代に修学旅行で来たことがあったので懐古的な感情もあり、ひとつひとつの瞬間にときめいていた

修学旅行で来た時は、リゾート地というよりは戦争の悲惨さを知るといった意味の方が大きく感じ、私にとって少々辛い思い出もある旅行だった

それでも、友人と行った砂浜にもう一度彼と踏み入れた際には矢張り感激のため息ばかりが溢れた

 

残波のホテル前に広がるビーチについたのは、ちょうど陽の入る時刻で遠い水平線に沈む夕日をただただ彼と見ていたのだが、まだ乙女心のあった私は「あの夕日が沈む前に彼に好きだと言おう。そうじゃなければなんか別れてしまう気がする。絶対に言おう。言おう、言おう」と勝手に迷信めいたものを作り、いつも言っている2文字がなぜか今だけは恥ずかしくて言えないのを、彼の手を握ることでごまかしていたが、勝手に「好きと言わないと別れてしまうかも」と思い込んでいたために、本当に夕日がもう微かに海の上から見える時刻になった時に「好き」とつぶやいたのであった

思った通り、彼は少しはにかみ、私も恥ずかしく俯いてしばらくした後ホテルに戻ったのであった

 

そんな素敵な思い出を過ごした残波のビーチだったが、夜になると矢張り高校の時の戦争の説明が鮮明に浮かんで、この美しいビーチにも敵軍が攻め込んで来たのではないかなどと考え始めてしまい、終始震えて夜を過ごしたのだった

何事もなく朝を迎えて、カーテンを広げた時の海の雄大さは忘れられない

夕刻とはまた違った清々しい気分に、夜中の恐ろしい妄想など忘れていた

 

沖縄は車がないとどこにも行けない

彼の借りたレンタカーで様々な名所を巡っていたが、その時聴いていた音楽がビーチボーイズだった

 

本当はハワイやカリブ海で聴きたいが、沖縄だって立派な南国であるから音楽でも気分を上げようということでビーチボーイズの『カルフォルニアガールズ』『ココモ』などを聴きながら海岸沿いをドライブした

 

さて、ユーミンの曲に『甘い予感』というものがあるが、これを聴くとこの沖縄旅行を思い出さずにはいられない

[あなたの耳の向こう夕日が綺麗ね

息をかけたら消えそう

今から私たちのハートは滑り始めるの甘い世界へ

(中略)

ふとつけたカーラジオ

流れて来たのはビーチボーイズ

潮が引くように愛も消えるって

誰が最初言い出したの私信じない]

 

あれ、もしかして私たちの沖縄旅行を元に作ってるのかしら?なんてほどにぴったりなのだ

このビーチボーイズという固有名詞を入れたのは、ある意味挑戦だが私にとってはドンピシャに当てはまったので、入れてくれてありがとうという感じだ

しかも、付き合って半年という甘々な時期という部分も重なり、とにかくのこの歌は私のために作られたのだと信じている

 

あの沖縄の夕陽の中で告げた「好き」という言葉がずっと忘れられずに

ビーチボーイズとユーミンのおかげであの頃の若々しい、初々しい私に戻れるような気がする深夜一時であった