海外ドラマと私

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心から好きなものを書こうとするときには

いつも言葉が出てこない

こんなにも愛しているものをやすやすと

文字にしてしまってもいいのだろうかと

書いては消し、書いては消しを繰り返している

 

私は毎日海外ドラマを見ている

毎日欠かさず、見ている

見ようと思って見ていると言うより

気がついたら見ている

 

朝ごはんを食べながら見ている

お昼休憩中に見ている

何もやることがなくなったらとりあえず見ている

 

しかも、同じドラマを半永久的に繰り返している

もう最初の言葉から最後の結末までを知っている

それでももう一度、もう二度、もう三度と見ている

 

毎日見ているにもかかわらず

英語は全く話せない

一日の中で圧倒的に日本語よりも英語を聞いている時間の方が長い

にもかかわらず、英語は話せない

 

しかし、ドラマの中で登場人物が次になんと言うかは知っている

その人物が発する前に、口の中でもごもご言葉にもならない英語をつぶやく

それでも英語は一向に話せない

 

海外ドラマにハマったのは、彼氏に振られたからで

依存体質の私は、彼の代わりに海外ドラマに依存することにした

そうしているうちに、登場人物は私の家族・親友になり

私が縁を切らない限り、一生消えてしまうことはない

 

もともと広く浅くと言うタイプではないので

海外ドラマにおいても狭く深く追求していくタイプだ

お気に入りは『フルハウス』『フレンズ』『ビッグバンセオリー』の三つで

三つとも「海外ドラマといえば」の代名詞である

 

この三つを半永久的に繰り返し見ているのだが

面白いのはやはりストーリーだけでなく、アメリカの国民性や歴史を垣間見えるところにもある

キリスト教の本を読んだ後に見てみるとまた違った一面が見えて来る

アメリカの歴史本を読んだ後に見てみるとまた違った一面が見えて来る

人種のステレオタイプに当てはめているのは、海外ドラマも映画も同じであるが

海外ドラマの方がもっと身近な生活を映し出すので

国民性を知るにはもってこいである

 

一つの冗談でアメリカ人は「わはは」と笑うが

日本人はなんで笑っているかわからない

それは、アメリカの歴史や文化を知らないからである

 

ユダヤ人の登場人物がクリスマスツリーを飾りながら「お母さんが見たら卒倒するだろうな」と言う、すると「わはは」とアメリカ人は笑うが

日本人が見たら何が面白いのか、笑いどころがわからない

それは私たちがキリスト教を始め、ユダヤ教やイスラム教の知識に乏しいからであり

その点アメリカ人は宗教の混在した中にいるため、当たり前のようにそれらを知っている

 

だからユダヤ人が本当はクリスマスを祝わないのを知っているために

この登場人物の発言は、それを踏まえた上でユダヤ人の自分がクリスマスツリーの飾り付けをしているなんて母親が見たら驚いて倒れるだろうと言い、アメリカ人はそれを聞いて瞬時に冗談として捉え笑うのである

 

ジョーク一つ取ってもアメリカ文化を垣間見えるわけであるので

私は海外ドラマを見るのをやめられない

アメリカの歴史書と宗教の本を片手に、最近はアメリカの州ごとにも文化の違いがあることを知ったためにそれを読みながら海外ドラマを見ている

 

そんな難しく考えなくても、海外ドラマの登場人物は私の友人であるから

友人に会うためにいつもパソコンの電源を入れて会いにいく

少し談笑して、パンを頬張る

 

年齢を重ねるごとにお気に入りの海外ドラマは変化していくであろう

『フルハウス』が大好きだったティーネイジャーを経て

20代~30代が主人公の『フレンズ』や『ビッグバンセオリー』を愛している

そしてまた、もう少し経ったら次は親の世代の目線で『フルハウス』に釘付けになるだろう

 

他にも様々に海外ドラマを見ているが、何と言っても器用ではないので幅広く見ることができない

なので今日も『フレンズ』と『ビッグバンセオリー』を交差しながらアメリカに想いを馳せている次第である

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