寝る前のルーティン

ダメね、一度書くのをやめてしまうとパソコンを開くのもだるくなるわ

書きたいことは日々募っていくけれど、寝る時になって「まあ、いっか」なんて床に就くの

 

そう、寝ると言ったら最近は寝る前に”瞑想ヨガ”なるものを始めたの

ずっと動かない”瞑想”なら私もできるかもって始めて、もう一ヶ月くらい経つかしら

マインドフルネス?っていうのかしら

あまり信じていなかったけれど、一日20分くらい目を瞑っている時間ってもしかしたら大切なのかもね

なんて思い始めちゃってる

 

瞑想ってちょっと怪しいけれど大丈夫よ

参ってもないから、宗教の勧誘とかやめてね

 

私は、もしかしたら皆もそうかもしれないけれど、このコロナのせいで心がとても疲れちゃって

普段はあまり気づかないんだけど、ふとした瞬間に体が脱力しちゃって「心が疲れてんだなあ」ってなるの

 

それは、テレビから流れるコロナの右往左往した情報とか、本日の感染人数とか、当たり前に入ってくる情報に気を使っているからだと思う

 

だからニュースはあまりみないことにした

感染者数も毎日は見ない

情報が心を蝕んでいくから

 

それに加えて瞑想ヨガを始めたら、だんだん心が落ち着いて着たみたい

一日20分目を瞑る時間、特に何をするってわけでもなく、ただ眠りに入る序章みたいな感じ

あえて自分の内面と向き合う時間を作ったら、心や頭っていつもフル回転、休む暇さえもないんだなって改めて感じたの

 

だからほんの数分だけでも、あえて心と向き合う時間…

 

ちょっと中断、只今母に怒られてしまいました

私があまりにも家のことを何もしないので

しかし、先ほどまでのんびりと二人でテレビを見、私が久々にエッセイを書き始めた頃になって

「あんたはいつも自分の好きなことしかしてない」と言わんばかりにプリプリしております

私にだって言い分はありますが、まあこういう時は何も言わないのが吉なので口元だけ釣り上げていましょう

 

嫌な予感がしますね、また部屋に乗り込んできそうな予感

なぜかいつも寝る前に

「あんた、どうやって将来生きていくつもりかねっ。毎日遅くまで寝て、努力しているかけらも見えないじゃないっ」

なぜ寝る前にそういう風な考え事をするのでしょう

 

まあいっか

それはそれとして、私のやっている瞑想ヨガでは波の音やヒーリングミュージック(と呼ぶのが正しいのか)が流れているんだけれど、波の音に混ざって、ボワーン…ボワーンって残響のようなものが浮かび上がってくるのね

それを聴いていて、あることを思い出したの

 

大学二年生の時、音響の授業で「自分の好きなように、自分の考えや思いを音響にしてみなさい」という課題が出て、一週間泣いて泣いてやっと作り上げた作品を瞑想の音楽で思い出したのね

 

私が作ったのは「過去への旅路」っていう、なんて言ったらいいかしら

”人が過去を思い出すまでの頭の中の過程”を音で表現したのね

 

その中で一つ、底辺にずっとボワーンボワーンと流れ続ける和音を入れていて、それを「人の中に絶え間なく流れ続けるもの」の象徴として取り入れたわけ

 

ちなみに和音は「男はつらいよ」のテーマからとったの

懐かしさって何だろうって思った時に、生きたことのない昭和が思い浮かんで

昭和の代名詞として寅さんが頭に浮かんで、テーマをピアノで弾いて、その残響を組み込んだってわけ

 

で、話は戻るけれどヒーリングミュージックのボワーンボワーンっていうのもそれなんだなあって思ったわけよ

普段は聞こえないけれど生きている間、もしかしたら生まれてくる前も死んだ後も永遠に鳴り続けている和音が人には流れているような気がする

それはふとした瞬間、例えば瞑想など心と向き合っている時に強く響いてくるのよね

その和音は、和声を変化させることもなくただ淡々と流れていて、私の人生の時を刻んでいるのよね、とその作品論文には書いたのだけれど、今でもそう思うわ

 

生まれてくる前も死んだ後も流れ続けているっていうのは、なんか谷川俊太郎の詩に影響されちゃってるみたいね

前にも書いたかしら『女に』っていう生まれてくる前から死んだ後までを詩にした作品

 

哲学も大学で勉強したけれど、そうした硬いものではなくてもっと抽象的なものかな

生まれた後も死んだ後も魂はあり続けているし、それとともにボワーンボワーンと和音も流れ続けていてほしい

っていう一種の願望

 

瞑想中にこんなこと考えちゃうから、結局眠れないのよね

頭に浮かぶ雑念を取り除くのって本当に苦労するわ

高校の時、授業中ずうっと頭に浮かぶこと全てノートに書いてたの

たった50分だけなのに、今日の夕飯から昨日の部活・将来のことまで本当にひっきりなしに頭に浮かんでくるのね

真っ黒になったノートを見て愕然とした記憶があるわ

 

だから、やっぱりちゃんと心と頭を休ませてあげる時間が必要なんだと思う

そしてまた、エッセイの話題探しに日々明け暮れるのです

夢で続きを

今でもたまにハナの夢を見る

 

ハナは私の家に13年もいてくれた

ディズニーから帰ってきた日に彼女はリビングにいた

きゃんきゃん吠えて、まさにチワワだった

 

その日はピアノのレッスンだった

いつも通り1時間のレッスンは何十分も長引いて、外にいるお母さんも待ちくたびれていた

なんだか家に帰りたくないような気がしてちょっと寄り道もしたかもしれない

ハナはその間に独りで死んだ

 

帰ったらもう亡骸になったハナが、ケージの中でぐったりとしていた

触ったらまだ暖かかった

あと少し早く家に帰ってあげていたら、ハナは孤独に死なずにすんだのに

私たちはハナの亡骸を囲んで泣いた

 

昨日から様子が変だったのだ

血を吐いてのたうちまわっていて、目も当てられない状態だった

今夜はハナと一緒にいてあげようと思ったのに、30分くらいで私はベッドに入った

明日になれば元気になると、そう思っていたから

 

あの時、あの夜、ずっと隣にいてあげればよかった

ハナが死んで何年経ってもあの日の後悔は消えない

あの夜に戻れたなら、ハナの頭をずっと撫でてあげよう

あの日に戻れたなら、レッスンなんて休んで飛んで家に帰ろう

きっとこれからもそう思い続けるだろう

 

小学一年生の教科書に『ずっと、ずっと大好きだよ』という話があった

私もハナをそうやって愛していこうと思っていたのに

当たり前にそこにいた彼女に、私は最後まで何もしてあげられなかった

ただただ泣くだけで、あの話の意味をやっと理解したのだった

 

ハナが死んだ翌日、隣の席の友人にそのことを話したら彼女も泣いてくれた

犬の名前が同じだったから、感情移入しやすかったのだろう

一回も会ったことのない友人にまで泣いてもらって、ちょっとだけハナが浮かばれたような気がした

激しく襲う後悔の中でそれだけが唯一の救いだった

 

ハナが死んで一ヶ月くらいは、ハナの鳴き声がいつもしていた

リビングに一人でいるとかすかにハナの鳴く声が聞こえてきて、まだそこにいるのがわかった

霊感もないし、そんなの信じてもいなかったけど

でもあれは確かにハナの魂だった

 

私は幼稚園の頃からチワワが欲しくって、ずっとお願いしていた

そんな簡単に手に入るものではなかったけれど、犬好きの父のおかげでハナは私の小学校入学祝いで、我が家にやってきた

 

そう、あの日は電車でディズニーランドに行ったんだ

母と、幼稚園のママ友とその子供と

電車でアポロが溶けたのを指ですくって舐めたら、隣の友人が嫌な顔をした

そんなに毛嫌いしなくたっていいじゃないって思ったけど、そんなことどうでもいいのだ

だって今日はチワワがうちにやってくるんだから

 

家に帰ったら、父と弟がリビングでくつろいでいた

その奥に、ハナはきゃんきゃん鳴いて飛び跳ねていた

ああ、私の長年の夢が叶ったのだ

可愛いチワワが今日から私のものに

名前だって私がつけた

いろんな候補の中から、一番マシなハナがつけられた

 

当時はコロという雑種犬もいて、いつも散歩はコロとハナと小さな私と父でとにかく大変だった

コロもハナもきちんと教育しなかったから、人とすれ違うたびに吠えた

その度に恥をかいたし、「コラッ」と叱りつけていた

元気がいいときは追いつけないほど走るし、大きくなるまではコロのリードも持てなかった

 

散歩コースは、家から畑の中を通ってぐるっと一周、きっと700メートルくらい

お寺のご先祖様からも見える見晴らしのいい、田舎のあぜ道

 

コロが死んでからは、散歩にも行かなくなった

ハナはぶくぶく太って、チワワとは名ばかりのちょっと大柄な犬になってしまった

それでもハナはケージから出てはリビングを駆けずり回ってみたり

たまに甘えてみたり、暇な私たちの相手をさせられたりしていた

 

高校生になった私は、ハナの存在が当たり前になってもう直ぐ死ぬなんて思ってもいなかった

ハナは遊びたそうにケージの中で飛び跳ねているけれど、気が向いた時にしか相手をしなかった

毛がつくのが嫌で、お風呂に入ったら基本はハナは出してあげなかった

頭を撫でて、ベットに入る

そんな風に、当たり前になってしまっていたのだった

 

夢の中のハナは、あの頃のままで

手触りも表情も全てリアルなんだ

ハナの顔をむぎゅってした時の感触やお腹をくすぐった時の手触りがそのまま夢になって現れる

 

あれから5年が経とうとしている

それでも昨日触ったかのようにハナの感触は覚えていて

夢の中では実際に触っているのだ

夢から覚めるといつもハナがいないことに多少戸惑う

 

その度に「ハナが会いにきてくれているんだな」と思っている

死んだ直後はすぐ身近に感じたハナの気配が、年々薄くなってきている

それでもたまに夢に出てきて「私を忘れないで」とでも言っているみたいに

遊んで帰ってゆくのだ

 

ハナは私の一番の相棒であり、親友であり、そして今もずっとみてくれているそんな存在だ

この先、ペットを飼うことがあってもハナのことは決して忘れない

ハナももっと夢に遊びにきてくれればいいな

 

ずっと、ずっと大好きだよ

ずっと、ずーーっと愛してる

無限大のゼロ

貯金がゼロになった

 

本日、奨学金を返済した

きっと少ない方だと思う

それでも、貯金なんてしたことない私にとってはとても大きな額だった

海外旅行一回分はいけるだろう

 

学費のほとんどは両親に払ってもらって、本当に最後の1年間だけ奨学金を借りた

母から相談された時、私は二つ返事でOKして奨学金を借りることになった

借りれるものは借りておこう、それが母への親孝行になるのならなおさらである

 

そして本日、耳を揃えて返済したわけだが通帳を見るとまさにゼロ

しかしなぜか失望よりも希望に満ちている

この数ヶ月働いたものが全て消えたのに、だ

お金に関して無頓着なのだなあと思った

 

就活の時に周りの友人が「お金がいいから」なんて言っていたけど

私はそんなにお金に興味がなかったので自分のやりたいことを優先しようと思った

 

親がお金で苦労しているのを見ると、それは確かにないよりあった方がいい気がするけど

そのために人生の時間を削るのは私の生き方には合わないと思った

まあ、なので本日貯金がゼロになりましたという話なんですが

 

でも「ゼロ」というのは気楽だなあと思っている

失うものがないという状態

これから先増える未来しかない状態

何も持っていないというのは、その分希望に満ち溢れているのかもしれない

 

考えてみれば「ゼロ」という状態は若いうちにしか経験できないような気がする

もちろん歳を重ねても「ゼロ」という状態にはなるかもしれないけれど

「ゼロ」に希望を持てるのは若さゆえだろう

 

ゼロになった通帳を見て、ニヤニヤ笑いながら夢を描く

もちろんその夢にはお金がつきものだが、そのお金を貯めるのは今この瞬間からなのだ

一回ゼロに戻って再出発

ゼロって可能性が無限大ってことなんだと思う

アメリカンミュージック【愛しているもの】

好きなものはたくさんあるけれど、それを友人に話したところで、その人にとっては興味のないことであるから、ここにたくさん書こうと思ったけれど、さて何からどう書けばいいのか、悩みながらキーボードを打っている。

 

最近はやはり、アメリカンミュージック(と呼んでいいのだろうか)にハマっている。

これは今に始まった事ではないが、最近心の底から求めるのはウェスタンバイオリンの音色だったり、マウンテンミュージックだったり、ブルーグラスと呼ばれるものだったり。

 

そうは言っても、どこがどういう風に分けられているのか明確に把握はしていない。

ただ、とてもシンプルな例えを出すならばディズニーランドのカントリーベア・シアターの音楽だ。

 

あのシアターには何時間だって居座れる安心感がある。

そして今はまさにそれを求めて、Apple Musicを再生しているのだ。

 

南部の大きな白い柱の立派な家に、一面の綿畑

まさに『風と共に去りぬ』の世界は、アメリカ人にとって郷愁を抱かせるらしい。

 

アメリカは広い。

『峠の我が家』や『おお、スザンナ』、『ケンタッキーの我が家』を始めその土地の背景や歴史を感じさせる音楽が多い。

特に19世紀の混沌としたアメリカ、西部開拓を中心に文化が形成し始めたアメリカの息吹が感じられる。

 

そして、郷愁的な音楽は人種の混合によってさらに変化し、マウンテンミュージックやブルーグラス、ゴスペスやブルースに発展、ブルースはエルビスの歌とともに今日のロックに変化した。

思えば、高校生の時に初めてジョーン・バエズを聞いた時から私はアメリカの音楽に惚れていたのだ。フォークのバンジョーやギターの音色に酔い、歌詞の残酷さが心を抉った。

アンデスのフォルクローレだって心を揺さぶったけれど、やはり北アメリカの音楽の方が好きだった。

 

それがどう通じたのか、大学ではジャズを演奏していた。

ジャズはアメリカが生んだ文化の一つだ。

ジャズの誕生自体に、アメリカらしさが溢れている。

 

ゴスペルやブルースと同じように生まれて、そして一つの音楽ジャンルを形成し世界を包み込んでいる。

ジャズ誕生の歴史を何も知らなくても、そのリズムに足が動き心が踊るのは、丸裸の人間が魂の底から形成した音楽だからなのではないか、と勝手に思っている。

そしてそれを日本で演奏している自分が、時におかしくもあった。

 

どんなに歴史や文化を学んでも、日本で生まれ育った私には到底達することのできない境地がある。

ジャズ一つ取っても、その裏の歴史は底なし沼のように深い。

 

しかし、郷愁的な民謡音楽やマウンテンミュージック、ブルーグラス、ゴスペルにブルース、そしてジャズ…etcといったアメリカ音楽には共通しているものがあると思う。

そしてそれが私を惹きつけて離さない。

だからどのアメリカ音楽を聴いても、心が揺れたり安心したりする。

 

何が共通しているのか、それは私の語彙力では説明しづらい。

文化のない国が一から全てを作る時、自分たちの祖先の国の文化を無意識のうちに混合させて作り上げていく。その時、その場にいた誰もが違う祖先やルーツを持ちながらも混ざり合って音という形で表に出てくる。

そしてもう一つ、歴史がそこに加わると大きな影響を及ぼす。例えば、西部開拓や黒人奴隷、南北戦争。

抑圧された人間の一つのため息が重なり合って生まれた音楽、二世や三世がルーツの国の旋律に郷愁を抱いて作った音楽、魂の叫びが楽器や人種を超えて成長した音楽。

 

その歴史の浅さが作り出した、複雑な背景と文化が私を惹きつけるのだと思う。

しかし私には一生かかっても本当の意味でそれらを理解できない。

 

ただ、私という人格も人種も歴史も全て排除し、丸裸になった時に何かがふつふつと湧き上がってくるのは間違いないのだ。

魂レベルで音楽を感じる時、歴史や文化は重要ではなくなる。

目の前のリズムに乗って、旋律を心で感じられれば、音楽はいつだって私を受け入れてくれるのだ。

マリッジ・ナーバス

「結婚」

それはまだうんと先にある蜃気楼のようなものだと思っていた

 

けれど何故かここ最近私の心にしこりを残すのは

「結婚」というふた文字とそれに伴う幾つかの情である

 

青春の恋人とは「私たち結婚しようね」なんて言い合うのは日常茶飯事で

その頃は本気で将来は彼と一緒になるのだと思っていた

それは「結婚」というものがあまりにも遠いもので、心の奥底ではそれが幻であることを自覚していたからかもしれない

 

「私たち結婚しようね」と言い合った恋人とはことごとく終わっていった

その度に夢見た将来が消しゴムでかき消されて不安だけが増していった

私だけではなく、友人も「結婚しようね」と言い合った恋人と別れた

友人から、まだ彼と付き合っている時に「私たち結婚しようねっていつも言ってるの」と聞いた時には、私はこれまでの自分の恋愛と重ねて心が痛くなったのを覚えている

そして案の定、数ヶ月後に破局したのだった

 

私はまだ結婚適年齢ではない

もしかしたらそんなものもないのかもしれないけれど

いつの時代もそれは女性を無意識に縛り付ける

 

まだその年齢にも達していない

22の若造だけれども、もう軽々しく「結婚」なんて口にできなくなってきている

 

恋人との間でそれを口にした瞬間

何か重いものが二人を包んで

そしてそれを振り切るかのように

「私たちはまだ……」とお互いに言い合うのだ

 

今の彼とはいい意味で先のことを考えていない

いつも薄いベールに包まれて先が見えないのだ

それは付き合った当初からで

一枚一枚薄いベールを取りながら歩いている感じである

「この人とはうまくいかないかもしれない」と思いながら

「この人としかうまくいかない」と思っている、そんな曖昧な3年間だった

今までの恋愛で、彼との将来を描いてはことごとく散っていった経験がそうさせているのかもしれない

あるいは「結婚」というものがあまりにもリアルに目の前にあるからかもしれない

 

私たちは結婚しようと思えば、いつだって結婚できる状態にある

もちろん同棲したり、親に挨拶しにいったり、やらねばならぬことはたくさんあるけれど

付き合った年数、相手との相性、その他結婚に必要な条件は全て整っている

 

出そうと思えば、明日にだって婚姻届を出せるのだ

だからこそ、今の私にとって「結婚」が心のしこりなのだ

 

好きな人と結ばれるのは、一生をその人と歩めるのは素敵なことだ

彼と住む部屋を選んで、子供を育てて、老後は二人でマンション暮らし

彼を看取るか、私が看取られるか、とにかく愛する人の死に立ち会うことも

結婚の一部ならば尚更素敵なことだと思う

 

普通は男が結婚の話を嫌がるのに

今は私が結婚を嫌がっている

 

彼は何も言っていないのに

私が勝手に結婚を意識して、勝手に嫌がっているのだ

私の中にある女と男のような魂がぶつかって一人で葛藤している

 

付き合って3年、結婚するなら彼しかいないと思っているけれど

今の私はもっといろんなことを知りたいし、何にも縛られたくはない

彼もそれを理解している

今のところは私と同じ気持ちのようだ

 

大学生の時のように、お互いに何の裏もなく気兼ねもなく

同じ価値観で世界を見ていた私たちとは状況が変わってきている

 

私が普通に働いていれば同じ価値観のまま過ごしていけたのかもしれない

けれど違う道を選んで、その選択は私の周りにいる家族や彼の人生にも影響するのだと今更ながら気がついたのだ

 

彼と私は、同じ価値観で世界を見れない

社会を知らない私は彼と同じ価値観で世界を見れないから

私たちが今後も付き合っていくならば、幾度となく話し合いをして思いや価値観を共有していかなければならない

同じところを目指して進んでいくには、寄り添い手を取り合うしか方法はない

偉そうなことは言えないけれど、でもどうもそうらしい

 

この道を選んだなら孤独を覚悟すべしと思っていたけれど

「孤独」というものが周りの友人や恋人との価値観の相違で生まれるとは思っていなかった

いつまでも”大学生の私たち”ではいられないことを知ったのだ

 

結婚適齢期とか、結婚のタイミングとか、そういったものが

22歳のまだまだ若い私にも容赦なく降りかかってきている

植えつけられた結婚という社会の価値観から抜け出せずにもがき続けているのだ

しかしそればかりに気を取られていると、彼を失いかねない

 

17の時、友人が「私は23で結婚する」と言っていた

その頃の私たちにとって、23歳は大人だったし、「もしかしたら」なんても考えていた

それでも「いや若すぎじゃない?」と言って笑いあった

もう結婚が現実味を帯びずに、シンデレラと同じおとぎ話のようだった頃のようにはいかない

 

いつしか違和感なく「結婚」を受け入れられる日が来るのか

それとも受け入れる準備はできているのに相手が見つからないということになるのか

22歳の私にはまだ何もわからない

 

まだ少し若すぎて、でも結婚が夢物語ではないことに気がついた

そんな中途半端な年齢に立っている