我輩は怠け者である

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我輩は猫である。名前はまだない。

 

この簡単な文章で始まる猫の話が、530ページにも及ぶとはつゆ知らず

今日も図書館へ駆け込んで、その本を手にしてよろめいた

 

「25歳までに何かを成し遂げよう」

残り2年でできることはたくさんあるけれど、何か自分の実になるものがいい

それならば本を読もう、名作と呼ばれるものを100冊読もうではないか

と意気込んだのはいいけれど、2冊目で「やられたっ」と崩れそうになった

 

我輩は猫である。名前はまだない。

 

この簡単な文章で始まる猫の話が、530ページにも及ぶなど、誰が知ろうか

小学生の頃に読んだ「マンガで名作 吾輩は猫である」はそんなに分厚くなかったぞい

 

途中で目が回って胃がムカムカしてきた

 

私はそんなに読書は好きではない

本はあまり読まないで生きてきた

読んでいることさえかっこ悪いと思った時期もある

 

しかしよく考えてみると、周りの友人は実によく本を読む人たちばかりだった

大学の友人などは二週間で20冊読んでいた

どういう読み方をすれば、二週間で20冊読めるのか未だに不明

彼女に従って図書館に行くことはあったけど、借りることは稀であった

 

高校時代も、友人に従って図書館に行くことはあったが

それこそ借りるのはマレ・マレ・マレであった

 

周りの友人たちがこよなく読書を愛し、片時も本を離さずに生きてきていたのに、私はいつもオトコの背中を追っかけていたため、読書に対しては全くの素人である

 

そんな私も、「本を読むか」と長年の重い腰をあげる時が来た

大学までは自動的に、知識は入って来た

学校に行きさえすれば、新しい知識は得られたため、読書でまたも知識を増やそうなどとは全く思わなかったのであるが

大学を出てみると、それが恋しい

先生の雑談が恋しい

 

ならば本を読むしかない

それはもはや強制的に私の習慣になっていった

 

それでもやはり、読書ど素人の私は少しの文章でも眠くなる

これはイカンっ

ということで手始めに星新一ショートショート、エッセイなどを読み始めた

最初から純文学など不可能なほどに読書嫌いは進行していたのだ

 

そしてやっと純文学に手を出せるところまで来た

ここまでで半年かかっている

しかし問題はこれからで、25歳の誕生日までに100作名作を読まなければならぬ

 

これは誰のためでもない、自分のためである

意味もないかもしれない、でも意味があるかもしれない

 

あの映画80本ノートを完成させたように、私はこの2年間それに挑む

それは私が大人になるための第一の関門であり、自分と向き合うための方法でもある

 

あぁ、それにしてもこの猫の話は長い

結末を知っているぶん、話にも身が入らない

あの「マンガで名作」シリーズは一体どこにいったのであろうか

マンガでもいいではなかろうか

2冊目にしてもうずるい考えが頭をよぎっている

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