〽︎箱根の山は天下の嶮

トイレが近いのがわたしの唯一の欠点である

 

いつからこうなったのか

はたまたどうしてこうなったのか

神のみぞ知るというふうである

 

お酒など飲めば、10分に一度はトイレに駆け込み

帰りのことを考えて「宴もたけなわ」の1時間前にはお酒をやめる

そうしないと山手線を一駅づつ降りながら帰ることになる

 

トイレのことを考えて生きている

どんな時も一番はトイレである

トイレに行ければどんな場所でも大丈夫なのだ

 

箱根に旅行に行った

 

楽しい温泉旅行

彼と初めての旅館

浴衣姿にウフフと舞い上がり

美味しいご飯とお酒に酔いしれて

箱根の温泉で肌を潤わせ

私もつくづく大人になったなあとむふふとしていた

 

1日目は湯本の駅周辺で箱根散策をし

2日目にバスに乗って芦ノ湖、大涌谷、強羅などを回る予定だった

 

星の王子様ニュージアムにも足を運び、記念写真も撮ったがあまりに酷いのでここには載せられない

 

大涌谷で「一つ食べれば7年寿命が伸びる」という黒たまごを2つ食べ、さてそろそろロマンスカーの時間ではないかということでケーブルカーで下山することになった

 

しかし運悪く去年の大雨の影響で強羅~箱根湯本間が走行しておらず、強羅からは泣く泣くバスに乗ることになったのだ

「ま、無料だし、あとは降りるだけ降りるだけ。〽︎箱根の山は天下の嶮なんて歌われるけど大したことないね、フンフン」と箱根の山をけなしたのが悪かった

 

「湯本まで直行です、途中で降りれませんからね」というバスに乗った途端に悪い予感がしてきた

「でも、強羅から20分だってさ。余裕じゃんね」と悠々とバスに乗り込み、座った瞬間に運転手さんが「ただいま混雑していますので、湯本まで1時間はかかります」とアナウンスした

 

さて、本当に雲行きがあやしい

なにせ私はパニック持ちなのだ

薬を手に持って、気を紛らわせよう

1時間なんてすぐじゃんね

 

バスは出発した

最初はとてもスムースに流れていた

「なあんだ、これじゃすぐ着いちゃうねっ」

ああ、これが富士屋ホテルか、いつか泊まりたいわ

ここ、あの箱根駅伝で走ってるところじゃない?

しかし、箱根の山はそんなに甘くはなかったのである

 

さて、湯本まであと5キロ、大平台という最後の温泉街をバスが通り過ぎた

そしてあの急なカーブ(箱根駅伝でよく見るあれ)を曲がると、なんと車がずううううううううっと先まで箱根の山を連ねている

 

なんとしたことか、と思った時には時すでに遅し

私はトイレに猛烈に行きたくなってきた

この時のために、ほとんど水も取らなかったのになぜこういう時に限ってトイレに行きたくなるのか

それが怖くてパニックになるのに、頭の中はトイレしか浮かばず、パニックになる隙もない

 

あぁ、地図を見てごらんよ

これが最後の温泉街だったのよ

これから先2キロはずっと山道なのよ

車は全く動かないし

さて、どうしよう

 

2キロなら歩ける

最悪、そこの草むらで用を足そう

彼がガードしてくれれば、ちょっとお尻が見えたって死にはしないさ

そのためにはバスを降りなければっ

 

隣で寝ている彼にそっと

「ちょっと、悪いんだけど、トイレ行きたくなっちゃった」とささやいた

彼は私のトイレ事情をよく知っているために「それは大変だっ」と飛び起きて

やはりとりあえずバスから降ろしてもらおうということになった

 

あぁ、バスの運転手さん、どうかどうかお願いだからここで降ろして

「あの、連れが体調悪くて」と彼が勇敢に運転手さんに掛け合ってくれた

しかし、運転手さんも私の命を預かって運転しているわけだからそう簡単に下ろせはしない

 

本部に連絡が回った

バス内に響き渡る運転手さんと本部の連絡

「体調が悪い方が一名降りまして、バスから下車したいとのことですが」

「救急車を呼びますか?」

彼「いえ、それほどのものではないので」

私の心の中「救急車なんて呼ばれたら恥だ、漏らした方がマシかもしれぬ」

結局、次の温泉街塔ノ沢まで降りれないということだった

 

さて、塔ノ沢まで2キロ

歩けば20分、走れば10分

この調子だとあと何分かかるかわからない

運転手さんの話によれば40分くらいだという

 

私の膀胱の溜まりは8割くらいになってきた

そろそろ本当にやばい

しかしくねくねとした山道は曲がっても曲がっても宿一つ見当たらない

地図上でもバスと塔ノ沢の距離は一向に縮まらない

 

あぁ、あの人、歩いてるではないか

あ、あそこにも歩いて下山している人がいる

あそこに丁度いい茂みがあるではないか

ちょっとでもいいから私と入れ替わってくれよぉ

 

40分経っても塔ノ沢にはつかなかった

私はずっと我慢していた

もう悟りを開いていた

精神統一しなければ、ちょっとしたはずみで漏れてしまう

 

やっとの事で塔ノ沢、ここまでで1時間かかっていた

「ほんっと、ご迷惑おかけしましたっ」と飛び降りた

バスの人の冷たい視線を浴びながら、ヨロヨロ歩いていく

 

塔ノ沢に着いたはいいものの、見える旅館は一つしかなかった

あそこで断られたらもう一貫の終わりや

その辺の草むらで用をたすしかない

 

一縷の望みをかけて旅館を目指した

化粧もしてない、旅疲れのジーパンはいた大学生

旅館が近づくにつれて後ろの彼が何か言いだした

「ここはっ、もしやっ」

その時、黒いスーツを着た貫禄あるホテルマンが迎えに来られた

「あぁ、やっぱり。ここは僕が調べた中で一番高い旅館だよ」

と後ろで彼は言っていたが、私にそんなことは関係ない

 

おしっこさえできれば、高級な旅館だろうがボットンだろうがなんでもいい

その貫禄あるホテルマンは、化粧もしてないジーパン族の私に一礼して

「お客様、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」とおっしゃる

 

私はもうかれこれ1時間以上もトイレを我慢し、心も体も乱れまくっていたが

かなり平気を装って

「あのぉ、差し支えなければお手洗いを拝借したいのですが」と育ちの良さをアピールしながら尋ねた

 

貫禄のあるホテルマンは一瞬戸惑うたが、すぐに気を取り直し

「もちろん、大丈夫ですよ、こちらへどうぞ」

ととてつもなく高級そうな自動扉に導き、化粧もしてないジーパン族の私たちはその一泊10万円もする旅館に足を踏み入れたのであった

 

「こちらがお手洗いです」と案内された場所は

ここがトイレなのかと思うほどに広く金色に輝いていた

私はそこで1時間以上にわたる悩みのタネを流し、そそくさと旅館を後にしたのだった

 

〽︎箱根の山は天下の嶮

どんなにそう歌われようとも私は一生箱根でバスには乗らない

〽︎箱根の山は天下の嶮

どんなに険しく過酷な道だろうと旅する武士のごとく歩いてみせよう

〽︎箱根の山は天下の嶮

いろんな意味で険しい難所の箱根旅行だった

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