憧れの国アメリカ

ずっと行きたい国がある

アメリカだ

 

16で『フルハウス』に再度出会ってから、憧れ続けているサンフランシスコ

 

何度も渡米のチャンスがあったのに、全て総スカンしているのも私の憧れに拍車をかけている

 

17の時、埼玉県の高校生が何名か選ばれて短期留学ができることを知った

全校集会で上の学年の先輩が留学の経験を発表しているのを聞いてすぐに職員室にかけてった

「来年は私に行かせてくださいっ。きっと英語も頑張って覚えるし、勉強も一番をとりますっ。そしてなんてったって私が一番アメリカに行きたいんですからっ」

帰宅してすぐに父にもそう言った

父も「そういった話があったらすぐに知らせるよ」と言い、先生も「わかったわかった」と一応納得した

運よく、父が県庁職員だったためコネを使ってでも私は必ず来年はアメリカに行けると確信していた

 

しかし私の時代だけ、その留学がなかった

英語の先生をかたっぱしから訪ねても、「今年はないらしいんよ」と言った

私は嘘だと思って、父にも聞いてみた

嘘だと思ったのは私の高校には英語科があって、そこから人を選ぶんだと思ったからである

父も県庁で聞いて回ったらしいが、なぜか今年はないらしいということがわかった

埼玉県よ、なぜそんな気まぐれの留学制度など作ったのだ

私の落胆は大きかった

 

大学に入ったら皆が留学していた

私は寮に入ったため、そのお金だけでも留学できるほどにかかっていたので両親に言い出せなかった

私が一番アメリカに行きたいのに、アメリカに行く人たちが羨ましくって憎くって、寮に入らなければよかったと何度も思った

 

運良く一番仲の良い友人が私と同じ思いを持ちながら留学できずにいた

私たちは旅行でアメリカに行こうということになって、その日のうちにHISで契約した

 

しかし、その友人は一週間経ってお金がないので行けないと言った

私たちはあまりにも熱が入りすぎてお金のことを考えていなかったのだ

だから来年ロサンジェルスに行こうと言って契約を破棄した

 

来年アメリカに行くから、その年は彼とイタリアへ行った

アメリカという選択肢もあったが、なんせその友人と来年行くと約束したからアメリカはなしになった

 

そしてその次の年、その友人とアメリカに行くことはなかった

私たちは就職活動というものを忘れてそんな約束をして、結局その年はなんやかんや忙しくてアメリカの話さえ出なかったのである

 

だから私は自分でお金を貯めて留学しようと思った

大学4年の2月に留学エージェントのところへ相談しに行って大体の予想をつけた

何もなければ次の春からアメリカに行けたのだが、コロナのせいで数年は留学ができなくなった

 

ということでアメリカはいつまでもテレビの中だけである

アメリカの文化や歴史の本を読んでも、アメリカのテレビドラマを何万時間観ても、ダメなのである

百聞は一見に如かずなのである

 

だから、いつか絶対にアメリカに行く時にはすべてのものを吸収できるように準備をしようと思う

気持ちは16からずっとアメリカンガールだから、好きなアーティストはビーチボーイズ

でもビーチボーイズって今の若い子は聴かないかもしれない

サンフランシスコもLAももう地図が頭に入ってるから、英語さえ話せればどこだって行けるけど…

なんてったって英語が一番大変なのよね

憧れすぎて変な方向に突っ走っているけれど、アメリカに行けさえすれば全て良くなると思うの

今でさえアメリカかぶれしそうなほどにのめり込んでいるのに

 

あぁアメリカにもし行けるとしたらなんて素敵なことなんだろう

どんなに未来が見えなくてもそれだけあれば希望を持って生きて行けるくらい、どうしてもアメリカに行きたい

 

ずっとずっと私が一番アメリカに行きたいんだから

ずっとずっと私が一番アメリカに憧れてるんだから

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