わたしの中のナオミ

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バイトから帰ってきた途端に、どっと疲れてベッドに倒れ込む。

はぁこうゆーときは好きな歌を聴くのが1番だよね~、とApple Musicを探してもあれもこれも聞き飽きた曲ばかり。

ついでだから聴いたことないアルバムでも聴くかと沢田研二の『思い切り気障な人生』を一曲づつ聴いてみる。

はいドンピシャ、心も体も元気になりましたびっくりドンキーコング、やっぱ私はこの時代。

 

『ラム酒入りのオレンジ』という曲がこの間読んだ谷崎の『痴人の愛』にそっくりで、リズムも音も歌詞までも一目惚れ。

 

ちなみに、『痴人の愛』はそんなに好きでない。

どういう話かというと、(ここからはネタバレ)ある男、もう30手前くらい、が15の少女に目をつけて、「僕がなんとかしてこの子を素敵な女性に育てよう」という理由で引き取り、一緒に暮らし、まあ果てには結婚するんだけれども、その女、ナオミは頭は良くならず体だけどんどん魅力的になっていくわけですね。それで、まだその当時18とかで若いわけですから、流行のダンスに行きたいということでダンス教室に通ったり、そこで知り会った慶應学生の男子らと仲良くなったりするわけです。月日は流れて、男はやっとナオミの貞操観念の緩さに気がつくわけですね。つまり今まで男友達だと思っていた慶應学生の全員と体の関係を持っていたわけです。なのにナオミはいつも「私のこと男と思ってちょうだい、皆私のこと男と思ってるんだから」なんて言って、男の方は何年も気が付かないまま。全てを知った男は彼女を追い出すわけです。しかし段々とナオミが恋しくなるわけですね。ナオミの方も一文なしで追い出されてツテはありますから、いろんな男の家をてんてんとしますが、なんとなくその男のところにひょっこり現れ始めます。最初は「荷物を取りに来た」と言ってすぐ帰るのですが、男の気が緩んでいるうちにすっと懐に入ってくるんですね。それで結局、夫婦に戻るわけですが、男は今後はナオミの“遊び“については一切口出ししないという約束をするわけです。彼女が他の男と寝ても、彼女と離れるよりはマシというのでしょうか、惚れた方が悪いというのでしょうか。ナオミは23歳、これからもっと妖しく女性になる歳で物語は終わります。

 

なぜ好きではないかって?

ナオミが憎たらしい、男が情けない、いやこれが本当の理由じゃない。

私の中にナオミがいるからなお憎らしいのです。

本の中の憎たらしい女の要素が自分にもあることが憎たらしい。

挙句には「なんて羨ましいのだろう」なんて思ってしまうのです。

ナオミのように生きられたら、なんて。

 

話は戻りまして、沢田研二の『ラム酒入りのオレンジ』、歌い出し。

「オレンジみたいな人と思って唇触れてみたら、めまいがしそうなラムの匂いに心を奪われたよ。あどけない顔は誘水だよ。」

純粋そうな、まだあどけなさの残る少女だからって気を緩めていたら、なんという妖しさ艶かしさ、知れば知るほど深い沼にハマっていく。女の方は些か冷静に、その温度差を利用して、男の方は利用されているのを知りながら抜け出せない。愛しているの。それが男と女。

あぁまさに『痴人の愛』。

谷崎も、この歌詞を書いた阿久悠も男だけど、男の方が女の心の底の願望みたいなのをちゃんと理解している気がする。

 

私の中のナオミ。

消したくても消せない幻、別に男を利用しようなんて思ってないけど、もしそんなことができたらなんてかんがえてしまう。

もちろんこんな女、女友達からは嫌われる。

なぜかって、女の中には少なからずナオミがいるから。

ナオミ度が高いほど、羨ましいと同時に憎らしくなってくる。

純粋さの裏に隠した妖しい光に、男がまんまと引っかかるのも楽しくない。

でも自分がもしナオミになれたなら、男を取っ替え引っ替え気の向くままに。

ナオミ、ナオミ、ナオミ。

オレンジの中のラム酒。

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