「書く」ことは生きること
そんな真面目くさって言わなくってもいいじゃない
本の中で書かれていてもピンとこない
「書く」ことは生きていた証
物置から出てきたのは、黄色いショパンの楽譜
手に触れた感触、ページを捲る摩擦、そして書きごと
先生からのアドバイスを全て書き残そうとしているその跡
ただ書いていただけかもしれない
本当に理解しようなんて思ってなかったかもしれない
言われたことをただその通りに書いて、「後で考えればいいや」って感じだった
その“後”を意識的に作ったことはない
作れていたなら音大に入っただろうし、今でもピアノを弾いていたかもしれない
5年後にまた私の手元に現れたそれは、ここ数年私が触れたものの中で一番尊いものに感じた
その楽譜をリュックに入れて、電車に揺られて雨風にさらされて、毎週ドキドキしながら先生の家のインターホンを押して、楽譜を広げる
隙もないほどに何かを書き殴っていて美しくない
そして先生の口が動くたびに上書きしていく音色、タッチ、言葉言葉言葉
あの頃は怖かった先生の可愛い付箋を見つけた時
優しい言葉、何かを伝えようとする熱量を発見した時
見返す私の顔に笑みが表れたのを知った時、やっとその意味がわかる
その時、一つ一つの言葉を立体的に捉えて、もう弾けないあの曲を演奏する
たった一つの音に3つ4つの言葉が添えられる
「歌い方」「手の呼吸」「明」
全部は表現できなかった
ただ頭で理解しようと、音を組み立てようとするのに必死で
出来上がった曲も大してうまくはなかった
それでも私は満足して壇上から降りた
紙に何かを書くということは想像以上に大事なことなのかもしれない
何かを書いて、消して、その跡を残して、そうやって毎日を繰り返す
さて、最近私は何かを書いただろうか
満足して壇上に上がれるほど生きているだろうか