24歳の私

一つ歳をとった時に、褪せていく思い出がある。

 

なぜかフォークソングに魅せられがちな私は、青春というものに縛られている。

彼らの歌は、いつも若かりし日々の苦しみ、悲しみ、希望を歌う。

それが懐かしいと感じた時に、私たちは大人になる。

 

そんな歌が好きだから、いつも私は過ぎ去りし日々を思っている。

そして、たまにそんな日々を過ごした仲間に会うと、時の流れに置いていかれた私に出会う。

そんな時、焦って大人になろうと努めるけれど、なんせフォークソングが忘れられないのでいつまでも

「やりたいことをやるのさ なぜそれが悪いのかい

夢があるから若い この青春という名の夢が〜」

とかぐや姫に乗せられて青春の中に留まろうとしている。

 

話は変わるけれど、25歳までに名作小説100作品を読むというタスクの途中経過を発表したい。

なんと私は、24歳の誕生日までにちょうど半分の50作品を完読させたのだ。

えらい。

今の所一番好きな小説は、『アルプスの少女ハイジ』。

それを友人に話したところ、「へー、ハイジって小説あるんだ」と言われ、私はつい先週も同じことを言われたのを思い出し、「いや、この話あなたにしたわ」となった。

二週連続で友人に同じ話をしたので、自分の話のボキャブラリーが増えていないことを実感した。

50作品読んだ成果はいつ現れるのか。

それにしても「その話聞いたよ」と切り捨てない友人の優しさが心にしみる。

 

1年間はあっという間で、あの日と何も変わっていないのではないかと思うほどである。

本当に、生活面では何も変わったことはないと思う。

 

イラストレーターになるために学校に通いだしたのが、唯一の違いかもしれない。

自分の絵が褒められなかった時、それが何回か続いた時、私は心の折れる音を聞いた。

気に入っている絵が、何時間もかけて描いた絵が、批判の言葉しか受けなかった時、自分を全否定されたように感じる。

もちろん、褒められるために学校へ行っているのではないが、それでも褒められるためにお金を払っているので、褒められなかった授業の後は悔しさで泣いてしまう。

「えーん、えん。私の絵って魅力ないのね。誰も好きじゃないのね。これからだって誰も好んでくれないわ。えーん、えん」

しかし、授業の後にクラスメイトが褒めてくれると

「え、やっぱりこの絵いいでしょっ!ねっ!わかってくれてありがとう、先生がどう思おうと私はこれが好きなのっ!私、これからも頑張るよっ」

と根が楽観的なので、すぐに心が修復されるのだ。

でもプロの先生の目は確かなので、ちゃんと基礎から始めなければと毎日あくせく絵を描き始めている。

 

一年前は漠然とした明るさに包まれていた私は、今はしっかり地に足つけて地道に光を探している最中らしく、そう考えればこの1年で変わったものは大きいとも思える。

 

褪せた思い出に寄り添いながら、どこまで今を生きられるか。

それが24歳の私の課題。

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