ダニーはいつも

ボブ・サゲットが死んだ。

彼はフルハウスのお父さんだ。ダニーだ。

真面目で綺麗好きで愛に溢れたdadだ。

ダニーは私の父だった。

思春期のDJに完全に移入していた私は、絶えずダニーの愛を受けていた。

ダニーはいつも私たちを暖かく時には厳しく愛してくれていた。

ダニーが大掃除を張り切りすぎて、家族の悪口を聞いてしまった時のあの悲しそうな顔。「お父さんは30回噛んでから飲み込めって言うけど、この前29回で飲み込んだらご飯が美味しかったの」というステフ。

実際にそうしつけている場面はないけれど、しかしダニーの言いそうな事だわと感心した。

その他にも常日頃のダニーへの鬱憤が家族の口から容赦なく出て、彼らが部屋を去った後クローゼットの中から出てきたダニーに観客は「アァー」と同情のため息が出てしまう。

親は完璧であるという子供の勝手な考えを、ダニーは覆す。

常にダニーは父親として完璧であろうとする。

しかし、ジェシーとジョーイを呼んでいる時点で完璧ではない。けれど、父親として、母親として完璧を目指している。でも元々どこか抜けている。その何処か抜けている所がダニーの魅力なのだ。

そしてそれを埋め合うのが、タナー家の在り方なのである。

ダニーが30歳の誕生日を迎えた日、その事実を受け入れられず「僕は今日さ、さ「(ジェシーとジョーイ)30歳」そうそう」といつまでも言葉にできない。3人も子供がいるのに、自分が歳をとることは肯定できないその最後の足掻きがこのエピソードである。

愛車さえもボロボロになってしまう。20代が終わる時、その象徴的な愛車さえも無くし途方に暮れるが、それを受け入れ新たな愛車と共に30歳へ歩み出す。

「今日で30歳なんだから」

ダニーが前に進む事によって、タナー家はパメラの死を乗り越えて新しい家族になっていく。

フルハウスはやっぱりダニーがいないと始まらない。

ダニーが全ての登場人物を結びつけていて、ダニーが進めば物語が前に、立ち止まれば家族みんなが立ち止まって。

ダニーが愛に溢れていたから、誰もが愛しあっている。

(ダニーのハグ癖は、タナー家の伝統になっている。)

完璧じゃない父親、気の置けない友人、頼れる兄、お隣のおっちゃん、切磋琢磨する同僚、そして良き友人としてダニーは存在する。

私は子供の時、ダニーを父親としてフルハウスを見ていた。

大人になった今は、良き友人である。

その友人がこんなに早くに逝ってしまった事が悲しい。

けれどテレビをつければいつでも会える。

私は今日も、いつものダニーに会いに行く。

海外ドラマと私

心から好きなものを書こうとするときには

いつも言葉が出てこない

こんなにも愛しているものをやすやすと

文字にしてしまってもいいのだろうかと

書いては消し、書いては消しを繰り返している

 

私は毎日海外ドラマを見ている

毎日欠かさず、見ている

見ようと思って見ていると言うより

気がついたら見ている

 

朝ごはんを食べながら見ている

お昼休憩中に見ている

何もやることがなくなったらとりあえず見ている

 

しかも、同じドラマを半永久的に繰り返している

もう最初の言葉から最後の結末までを知っている

それでももう一度、もう二度、もう三度と見ている

 

毎日見ているにもかかわらず

英語は全く話せない

一日の中で圧倒的に日本語よりも英語を聞いている時間の方が長い

にもかかわらず、英語は話せない

 

しかし、ドラマの中で登場人物が次になんと言うかは知っている

その人物が発する前に、口の中でもごもご言葉にもならない英語をつぶやく

それでも英語は一向に話せない

 

海外ドラマにハマったのは、彼氏に振られたからで

依存体質の私は、彼の代わりに海外ドラマに依存することにした

そうしているうちに、登場人物は私の家族・親友になり

私が縁を切らない限り、一生消えてしまうことはない

 

もともと広く浅くと言うタイプではないので

海外ドラマにおいても狭く深く追求していくタイプだ

お気に入りは『フルハウス』『フレンズ』『ビッグバンセオリー』の三つで

三つとも「海外ドラマといえば」の代名詞である

 

この三つを半永久的に繰り返し見ているのだが

面白いのはやはりストーリーだけでなく、アメリカの国民性や歴史を垣間見えるところにもある

キリスト教の本を読んだ後に見てみるとまた違った一面が見えて来る

アメリカの歴史本を読んだ後に見てみるとまた違った一面が見えて来る

人種のステレオタイプに当てはめているのは、海外ドラマも映画も同じであるが

海外ドラマの方がもっと身近な生活を映し出すので

国民性を知るにはもってこいである

 

一つの冗談でアメリカ人は「わはは」と笑うが

日本人はなんで笑っているかわからない

それは、アメリカの歴史や文化を知らないからである

 

ユダヤ人の登場人物がクリスマスツリーを飾りながら「お母さんが見たら卒倒するだろうな」と言う、すると「わはは」とアメリカ人は笑うが

日本人が見たら何が面白いのか、笑いどころがわからない

それは私たちがキリスト教を始め、ユダヤ教やイスラム教の知識に乏しいからであり

その点アメリカ人は宗教の混在した中にいるため、当たり前のようにそれらを知っている

 

だからユダヤ人が本当はクリスマスを祝わないのを知っているために

この登場人物の発言は、それを踏まえた上でユダヤ人の自分がクリスマスツリーの飾り付けをしているなんて母親が見たら驚いて倒れるだろうと言い、アメリカ人はそれを聞いて瞬時に冗談として捉え笑うのである

 

ジョーク一つ取ってもアメリカ文化を垣間見えるわけであるので

私は海外ドラマを見るのをやめられない

アメリカの歴史書と宗教の本を片手に、最近はアメリカの州ごとにも文化の違いがあることを知ったためにそれを読みながら海外ドラマを見ている

 

そんな難しく考えなくても、海外ドラマの登場人物は私の友人であるから

友人に会うためにいつもパソコンの電源を入れて会いにいく

少し談笑して、パンを頬張る

 

年齢を重ねるごとにお気に入りの海外ドラマは変化していくであろう

『フルハウス』が大好きだったティーネイジャーを経て

20代~30代が主人公の『フレンズ』や『ビッグバンセオリー』を愛している

そしてまた、もう少し経ったら次は親の世代の目線で『フルハウス』に釘付けになるだろう

 

他にも様々に海外ドラマを見ているが、何と言っても器用ではないので幅広く見ることができない

なので今日も『フレンズ』と『ビッグバンセオリー』を交差しながらアメリカに想いを馳せている次第である